半歩先ってなんやろ?落合陽一の思考法を取り入れられる?
って思い手に取ってみた。
最近になって落合陽一という人は何してる人なんやろ?
っていう興味が沸いてきた。
内容的には落合さんのnoteを纏めて、
普段考えていることをテーマごとにまとめた構成になっている。
なので、
落合陽一の思考法のハウツーを学ぼうと思って買っても
おそらく学べないのでご用心。
デジタルネイチャーに関するコンセプトや言い回しが独特なので
言いたいことがめっちゃわかりづらい。
本人も理解しようとしない人は放置でいいと思ってる模様。
けど、そこが少しでも理解できるようになれば面白くなるのかも。
半歩先を読む思考法のざっくり概要
今回の本は、
noteというメディアプラットフォームに著者が投稿していた記事の一部、
2019年4月から2020年3月をテーマごとに纏めて加筆修正したもの。
内容は、6章と2つのコラム、写真コーナー。
1章から3章は、
落合さんがやってきたことや日常の振り返りがメイン。
准教授やアーティスト、経営者、研究者としての実績が書いてあったり、
その複数の草鞋を履いてることに対する考えだったり、
忙しい中で触れ合う子供との会話だったり。
4章から6章は、
自分の仕事に関連した考えで構成されている。
アーティストや研究者として現在起こっている事象に対する考えや予測、
デジタルネイチャーや世界の存在、気分の切り替えを再認識など。
2つのコラムは、
“息を吐くように文章を書くには?”と“2段階認証にイラつく落合陽一”という内容。
落合陽一の思考法を学べると思って買ってはいけない
今回、初めて落合陽一の本を読んだんやけど、
これまで落合さんの本や動画をまじまじと見たことがなかった。
というのも、
一度News picksかなんかの対談動画を観た時に
喋ってる相手の顔を見るときの落合さんの目がすごい気持ち悪かったてのがあって、
無意識に遠ざけてた。
あれは、疲労がたまった顔とカメラワークが原因やった気がする。
あと、古市憲寿って人と違いがわからんくて、
完全に自分の中でキャラ被りしてて区別がつかなかったっていうのも理由の一つ。
まぁそれは置いといて、今回の“半歩先を読む思考”という本。
自己啓発的な”思考を鍛えましょう”というハウツー本では一切ないので、
ハウツーをお探しなら別の本を探したほうがいい。
色んな仕事をしていてメディアにもたくさん出ているので、
そんな人の考え方を学べるのかと思って買うと、
「?????」って感じで終わる気がする。
というか終わる。
言い回しが独特で、
話を理解してもらえないならそれはそれでいいと思ってるから、
普段から落合陽一と喋ってない人には
この本で言ってることがあんまり理解できんのやろなっていう印象がした。
おそらく、彼のコンテクストに普段から触れていないと理解できない。
この本は、
副題にあるように落合陽一が見ている“風景”と“考え”がつらつら書かれている。
まさにその副題通りやった。
落合陽一のいう半歩先とは何か
ここでいう半歩先というのは、むこう1年2年くらい先のことかな。
遠すぎない未来を見ているというのは、やっぱり研究者気質な気がする。
今、考えている仮説や起こっている事象の理解が研究という行動のメインなので、
長期スパンではあんまり物事を考えないことが多い。
だから半歩先というのは、
企業が成長戦略を練るような5年も10年も先のことではない。
今ならまさにコロナによる日常の変化、社会の変化を考えること。
コロナ前の状況(アナログ的に対面がメインの日常)に戻りたい人もいてるけど、
そんなことはもう無理で、
変わっていくことに対応していかないといけない。
ビジネス・メディア・日常がどう環境変化に対応していくかを
6章にサラッと書かれている。
というわけで、もし落合陽一の思考を真似したいというなら、
とりあえず1年2年先のことをじっくり考えてみるのがいいんやないかなと思う。
自分自身に関係のある半歩先は何か?
この記事を書いているのは2021年9月。
日本人口の5割がワクチン接種を2回目まで終えたらしい。
で、コロナ陽性患者がガッと減少し始めた。
これが、ワクチン接種によるのか緊急事態宣言によるのか、
何が原因かははっきりせんけど、
COVID19がインフルエンザ的扱いになれば社会も変わってくるはず。
まぁ、緊急事態宣言自体はほとんど意味をなしてないと思うけど。
どこもかしこも普通に人が出歩いてるし。
自分的にはワクチン接種者がメジャーになったあとの未接種の人の行動が気になってる。
おそらくワクチン接種済みの人は感染対策をほとんど意識しなくなる。
対して、未接種の人はCOVID19の重症化リスクが変わらないままなので、
感染対策は必要な状態が続くと思う。
そうなったときに、
未接種の人はマスク付けろって声高に叫ぶのか、
どういう行動をするのかが興味ある。
とはいえ、
こんなことを考えててもたいして世の中の役には立ちそうもないんやけど、
半歩先の未来を考えながら、
社会の変化と自分がどう適当していくかを考えるのは大事だと思う。
落合陽一についてわかったこと
今回の“半歩先を読む思考法”を読んで落合陽一という人物についてわかったことは
「何をしようとしてるのかがわからない」
ということがわかった感じ。
教員、経営者、アーティストっていう複数のことを平行して進めてるから、
めっちゃ忙しい人なんやろうけど、
正直今回の本だけで落合陽一が提唱するデジタルネイチャーは理解できなかった。
独特な言い回しをしてるなとか、
デジタルの最先端で活躍する人やなとかいろいろ思ったけど、
物価する計算機自然と対峙し、質量と映像の間にある憧憬や情念を反芻する(第5章)
追憶が必要だという漢学がふつふつと体に湧き上がっている(第6章)
を見てると、
デジタルを使い最先端で働いてるわりに、
実は本人自身はめっちゃアナログ、
とくに過去を懐かしむことにこだわってるんちゃうのかな?って思った。
プリントアウトした過去の写真、
いいちこのCM、
なんで人って昔を見て懐かしむのか。
しかもそれが物として存在してるならなお更に手が止まって見てしまう。
本人が自分はADHD気質で、
人に興味があまり持てなくてだから逆に人が寄ってくると興味が沸くけどそのうち飽きるっていう感覚はよくわかる。
たぶんこの人は根っからの研究者で、
やりたいことをやるために新しいことをやらないといけない、
発見しないといけない、
ペーパーも書いて、
自分の地位を確立しないと
って突っ走った結果、
こんなに草鞋を履きまくってるのかなと感じた。
がんばれゴエモンみたいに草鞋をめっちゃ履けば速く動けるわけではない。
ただ、この人にはその忙しさを処理できる頭の回転の速さがあるんやろな。
羨ましい。
本の表題と購入者の意図がまったく合わないだろうという印象の一冊やったけど、
理解できんから嫌いというのは面白くないので、
徹底的にはないけど、
もうちょっと本とか記事とか読んでみよかなと思う。